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彼女がレイプされてしまったのに守ってあげられなかった。無力さに苦しんだ18歳|その後難病に

頼りがいのありすぎる同級生S

僕は高校生のときサッカー部に所属していて、高校3年の時に1年生でマネージャーとして入部してきたのが彼女。

 

先輩から好かれる感じの子で、部活でも可愛がられていた。事件の後とてもお世話になったのも僕の同級生のマネージャーのS。

 

 

 彼女がレイプされて怒り狂った

彼女がレイプされた。しかも2度。同じやつらに。直後は犯人を見つけ出してどんな手をつかってでも復讐してやる、と思っていた。

 

後々わかったことだけど、彼女は女友達に売られたらしい。女友達に呼び出されて行った場所に男二人組みが車で待機していて、無理やり車に乗せられたそう。

 

この女友達にも復讐することしか考えていなかった。

 

事が起きたことを僕はすぐには知らなかった。彼女は僕に直接言うのが嫌でSに相談したらしく、間接的に耳に入った。最初は頭が真っ白になってなにをしたらいいかわからなかった。

 

Sに「とにかく今はそばにいてあげな。」と言われ夜中の23時に自転車で1時間の彼女の家に向かった。でも結局彼女はその日会えるような精神状態じゃなかった。

 

そこから少し落ち着いて、僕と彼女とSの3人で会って色々話す日が続いた。まさかとは思っていたけれど、病気をもらってないか調べたほうがいいという話になって婦人科を受診した。

 

妊娠と中絶

結果、妊娠が判明した。

(彼女と僕は行為をしていなかったのでそれを疑うことは全く無かった。)

 

もう頭の中がぐちゃぐちゃで、狂いそうだった。悲しみと怒りが支配してた。

 

彼女のフォローより先に復讐が頭をよぎることが多かった。犯人を捜してほぼ特定していた。

 

でもその時Sに助言されて、彼女に求められていたことはそんなことじゃないって気付いてやめた。あの時馬鹿なことしなくてよかったと思う。Sに感謝。

 

彼女は中絶した。さらに中絶の影響もあってか産婦人科の先生に「一生子供ができない身体になってしまったかも」と宣告を受けた。

 

親をはじめ、周囲の人たちに気付かれないようにするのが大前提だったので、中絶のお金もSと二人で集めた。未成年でも親の許可無しで中絶ができる産婦人科も紹介してもらった。

 

当時彼女は、「汚れてしまったから別れよう」としきりに別れ話をもちかけてきてた。そんなこと思ってなかったけれど、怒りと悲しみと後悔はずっと付きまとった。

 

結局卒業と同時に離れ離れになるのと、彼女の為にならないと思い別れることになった。

僕が大学に進学したあと、残りの2年間の高校生活で優しい彼氏ができたらいいなあと願い大阪で新生活を始めた。その後彼氏ができたらしいと聞いて少し安心したのを良く覚えてる。

 

神様は不公平(こんどは病気?)

中絶してから卒業するまでの期間、交際は続いてた。僕は受験勉強がかなりハードだったので、一緒にいる時間はあまりなかったけど。

 

高校3年の年末、突然「別れよう、ばいばい」とメールが来て一方的に連絡を断ち切られた。

 

それまでにもフラッシュバックが起きるたびに同じようなことはあったので、またなってしまったかなと思っていた。

 

でもその時は違った。病気になってしまった。しかもかなり重い。

 

当時病名や治療の内容を詳しく聞くことはしなかったから、いまだになんの病気かはわかっていないんだけれど、脳が萎縮して後々には全て忘れてしまう病気と聞いた。

 

彼女の母親は、彼女がこの病気の診断を受けてからの半年で二度卒倒して緊急搬送されているぐらいだから、相当難しい病気なのは間違いない。

 

「忘れてしまうぐらいなら、迷惑かけるからもう一緒にいないほうがいい。」と何度も言われた。それでも卒業するまで交際した。

 

カッコつけてただけ。実際は無力。

当時の自分を振り返ると、エゴの塊だった。もう彼女のことが好きとかそういう感情より、自分達が映画のストーリーに描かれているような感覚になっていた。もちろんポジティブな感覚ではなかった。

 

病気のことがわかってからは、常に精神面や体調面が気になって仕方がなかった。恋人というより兄ちゃんとかそんな感じだった。

 

彼女のことが「純粋に好きでそばにいたい対象」というより「救わなければならない対象」に変わっていった。

 

自分でも気付いていたけど、考えないようにしてた。

 

卒業間近になって、Sに「志望校結構遠い県外なんじゃろ?ならAちゃんの為に別れたほうがいい。」と言われた。Sも僕が恋愛感情と違う感情になっていたのは気付いてた。

 

人に助言されないとなにも行動できなかったというのは本当に情けない。

400km。離れ離れ。

大学に進学してからも1年間は連絡を取り続けた。内容は毎回体調面の確認からだった。彼女は僕のことをまだ好きでいてくれて、きっかけがあれば戻りたいという態度だった。

 

当時彼女は、抗がん剤のような強い薬を毎日飲んでいて、副作用で嘔吐やめまいがしてしょっちゅう早退したり欠席したりしていたそう。

 

本当に心配で、連絡を取り合うのをやめるのは心苦しかったけど、彼女の気持ちを知ってて期待を持たせるようなことはキッパリやめようと思った。

 

僕のほうから連絡を断った。

 

10年後の今。大事な今。

それから10年。去年の夏にFacebookで彼女の名前が出てきたので、元気かどうか気になってチラッとのぞいてみた。

 

去年の夏に結婚していた。とても幸せそうな結婚式の写真が何十枚もアップされていた。心の底から嬉しかった。

 

病気のこと。子供のこと。心配なことはたくさんあるけど、なにより幸せそうだったから安心した。

 

これからも連絡をすることは一生無いけど、幸せになってほしい。

 

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